殿堂馬 ストレンジクォーク 牡
メイショウサムソン | オペラハウス | Sadler's Wells |
Colorspin |
マイヴィヴィアン | ダンシングブレーヴ |
ウイルプリンセス |
フェルミオン | アグネスタキオン | サンデーサイレンス |
アグネスフローラ |
パテントリークリア | Miswaki |
Badge of Courage |
【戦績】23戦5勝(5−5−3−10)【現役期間】14/09/14〜18/06/02
【募集価格】1400万円【獲得賞金】1億855万円 【毛色】鹿毛
【生年月日】2012年5月2日【厩舎】美浦:小島太・古賀慎明 戦績はこちら
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牡馬で1400万円という非常に安価な馬でありながら、通算5勝を挙げる活躍を見せてくれました。
しかし最後は蹄葉炎により安楽死されてしまう悲劇の出資馬となってしまいました。
重賞でも馬券対象に入っており、無事なら重賞ウィナーになっていたかも知れません。
募集時の馬体は、サドラーズウェルズの父系でありながら、固さの無い歩様で素軽さを感じ、
母馬のアグネスタキオンやSSの良い影響を受けた馬だなと思いました。
落ち着いた気性で育成もとても順調に進めることができました。

9月14日の新潟芝1800m戦でデビューを迎えます。しかしスタートで大きく出遅れてしまい6着。
続く12月の2戦目は馬群を捌けず5着と連敗。小島太調教師はなかなか寝付けなかったほど悔しかったと語りました。
年末12月28日の中山芝1800mの3戦目、岩田騎手を背に過去2戦の鬱憤を晴らすように、
直線豪快に突き抜け3馬身半差の圧勝で初勝利を飾りました。
このレースは本当に強い勝ち方で、ストレンジクォークの勝ち鞍の最大着差になりました。

年末とはいえ2歳のうちに勝ち上がった事で、クラシック出走に期待が高まります。
しかし3歳になると内臓面の弱さが出るようになり、復帰戦は3月14日の中山芝2000m戦になりました。
このレースは馬群の間に入る形となり、抜け出すのに苦労し2着馬とほとんど同時にゴール。
僅かな差で2勝目を掴みました。そしてダービートライアルの青葉賞へ進みました。
愛馬のダービー初出走成るかととてもドキドキしましたが、他馬に接触するなど厳しい競馬で10着に終わりました。

残念ながら夢のダービー出走は叶わず、春のクラシックシーズンを終えました。
夏のラジオNIKKEI賞で再度重賞へ挑戦するも7着。直線内めで窮屈な競馬になったのが惜しかったです。
3歳秋からは気持ちを切り替え1000万下条件戦から復帰です。
3歳秋は中山で3着、東京で7着と2戦を消化。明け4歳を迎え2月の中山競馬で待望の3勝目を挙げてくれました。
4歳シーズンは結果としてこの1勝に留まりましたが6戦1勝2着5回の年間パーフェクト連対を達成し、
キャリアハイの1年となりました。

4歳夏に降級しており再び1000万下条件馬として5歳を迎えましたが、
2月の東京競馬で4勝目を挙げ再び準OP馬に返り咲きます。
勝ち鞍の無かった左回りの東京競馬での勝利で、今後に向けて大きな1勝となります。
背腰に弱さを抱え調子を崩しながらも、11月の京都競馬で人気薄ながら5勝目を挙げ、遂にオープン馬になりました。
内臓面、背腰など決して丈夫な馬ではないので、5つも勝てたのは本当に頭が下がります。
年明け6歳となり、ずっと出走したかった中山金杯に出走し3着と善戦しました。

重賞でも善戦し6歳シーズンはストレンジクォークの重賞制覇に期待がかかります。
続く2月の小倉大賞典はレース中の不利が響き11着惨敗。
このレースを最後に小島太厩舎は定年により解散し、古賀慎厩舎へ転厩になりました。
しかし転厩初戦の鳴尾記念を最下位に敗れると、放牧先で蹄葉炎を発症し治療の甲斐なく安楽死となってしまいました。
レース前から蹄の状態は良くなかったので本当に無念としかいいようがありません。
予想を大きく上回る活躍を見せてくれて感謝の気持ちで一杯です。
辛い最後となってしまいましたが、ストレンジクォークに出資できて本当に良かったです。